【第2章 遠野姫子】 第1話

女性の名前は遠野姫子。

遠野姫子は、地元の小さな開業医の長女として、この世に生を受けました。小さな開業医と言っても、その辺の中流家庭で齷齪と働くサラリーマンの年収など鼻で笑うほどの収入がありましたから、姫子は、本当に何不自由なく育てられました。一人っ子だった事もあり、わがまま気質です。

自分の思い通りにならない事があると、すぐに泣き喚き、地団太を踏んでは、思い通りになるまで頑として、動きませんでした。

このまま姫子が育つ事に懸念を感じた、姫子の祖母は、姫子を近所のさほど遊具もない小さな公園に連れて行き、ブランコに乗せてこう言いました。

「姫子。人の人生は、ブランコのようなものなのだよ。反動と言うものがあるんだ。どんなに自分ばかり通そうとしても、反動で、いつかは、自分が押さえつけられてしまう。それに、鎖だってあるもんだから、どこへだって行けるような事は決してないんだよ。」

それからは、思い通りにならないと、近所のさほど遊具もない小さな公園で、一人ブランコをこぐ姫子の姿をよく見ることが出来ました。

「人の人生は、ブランコのようなもので、反動と言うものがあるんだ。どんなに自分ばかり通そうとしても、反動で、いつかは、自分が押さえつけられてしまう。それに、鎖だってあるもんだから、どこへだって行けるような事は決してないんだよ。」

何度も、何度も、姫子は呟き続けました。

姫子は、納得できると素直に言う事を聞ける一面もありましたから、ずいぶんと穏やかな少女になっていきました。

姫子は、美しいもの。キレイなものをいつまでもいつまでも眺める事が大好きな少女でした。小学校の帰り道に、道端にキレイな花が咲いていれば、暗くなってその花が見えなくなるまで、眺めていては、家に帰り、両親から叱られました。

美しいもの。キレイなものは、なんでも大好き。

この世には、基準と言うものがどうしたって存在します。その観点から行くと、姫子の美しい。キレイという基準は、もしかしたら、少しだけずれていたのかも知れません。

姫子が、8歳のとき。たまたま、道端に落ちていた柿の実を見つけました。それは、少し肌寒く感じるようになった初冬のことで、道端に落ちてからしばらく経ってしまったその柿の実は、少しだけ腐りかけて、沢山のアリが、自分達の巣へ運び込もうと必死で働いています。

姫子は、それをキレイだと感じました。

いつものように、その柿の実を、見えなくなるまで眺めています。でも、その柿の実はいつもとは少しだけ違っていました。花は、おそらく長期的な時間の中で変化を繰り返すものなので、姫子が、見えなくなるまで眺めていても、決して、その姿が目に見えて変わることはありやしません。でも、その柿の実は、姫子が眺めている間だけでも、次々と果肉が引き剥がされ、そこからは、果汁が流れ出して、どんどんとひなびて行きます。姫子に見えなくなることには、種と、地面に付いた少しの朱色以外はもうほとんど何もなくなっていました。

その種をスカートのポケットに忍ばせた姫子は、「変わるからキレイなんだと」言う事を発見したのです。

不変でないが故の美しさ。

姫子は、周りからも羨まれるような容姿でしたから、自分でも、美しいものだと考えていました。でも、「不変でないが故の美しさ」を考え始めたとき、いつまでも、周りから聞こえてくる「可愛い」と言う声に、自分は、もしかしたら美しくないのではないかと言う、心持を抱くようになっていきました。

それが契機。

姫子が16歳になった頃には、もう、周りから聞こえる声を全て猜疑心を持ってしか、受け止める事が出来なくなってしまっていました。

あわせて、姫子自身、美しいもの。キレイなものへの探究心は、より強くなり、それは、自分自身が思い通りに美しくなれないことへの憤りにもなりました。それがどうしても我慢できなくなると、一人で、近所のさほど遊具もない小さな公園に行き、「人の人生は、ブランコのようなもので、反動と言うものがあるんだ。どんなに自分ばかり通そうとしても、反動で、いつかは、自分が押さえつけられてしまう。それに、鎖だってあるもんだから、どこへだって行けるような事は決してないんだよ。」と呟く。そんな毎日でした。

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