【第1章 柳井俊夫】 第2話
俊夫は、17歳になりました。
それでもまだ、自分が何のために生きているのかと言う疑問の答えは見つかりません。見つかりはしないのです。なぜなら、俊夫は、水の外に一人生きる、天上天下にただ一人の存在であるわけで、テレビや、本、インターネットなどにおいて垂れ流される、如何な愉快な情報にも、心揺さぶられる事などありはしません。誰とも違う価値観は、誰とも違う生きる意味を見つけることを余儀なくされ結果として、10年を超え、さらに7年も生きたのに、いまだ、生きる意味さえ見つけることが出来なかったのです。
ひとつだけ、確信めいたものを俊夫は持っていました。
キッと同じような価値観を持つような人間があと一人でも自分の横に存在してくれるのなら、もしかしたら、その人との他愛もない会話の中からでも、自分がこの世に生を受け、生きていく意味を教えていただけるのではないか・・・希望的観測である事は、俊夫にも十二分に分かっていました。それでも、確信していたのです。
初めて犬を蹴り殺したあの夜から、次第に、水の中の生き物(それはもちろんの事人間も含むのですが)の生態にも興味を持つようになりました。それは、例えるのなら、生物学者が、自分の知的好奇心を満たすために、目の前の生きたウシガエルにメスを入れるかのような、自然な流れだったのかもしれません。
どこまで、切り開けば生命は停止するのか?
どこまで、取り出せば生命は停止するのか?
どこまで、放置すれば生命は停止するのか?
虫ケラの心臓は、体内から取り出しても、暫くは脈打つ事を発見しました。カエルだって、フナだって同じく脈打つ事を発見しました。
その対象が、人間にまで拡大するまでにかかった時間は、7年間。
つまり、俊夫は17歳のときに初めて人間に手をかけたのです。
それは、クラスのくだらない俗物の一人になるだろうと、かねてより俊夫は考えていました。しかし、その思惑は外れました。初めて手にかけたのは、意味もなく参加した、夏祭りの夜に出会った名前も知らない少女でした。
雨上がりのまとわり付くかのような天気の夜の事です。
花火が打ち上げられ、その花火に見入っていた、浴衣を着た15~17歳の少女がそれでした。
自分の事をキッと可愛いと信じて疑わないのは、髪を耳かき上げるしぐさからもたっぷりと感じ取る事が出来ました。
「鼻に付く。」
俊夫はそう思った瞬間、衝動的にその少女を暗い路地裏まで無理やり連れて行き、そして、殺してしまいました。そのとき、俊夫自身が性的衝動に駆られていなかったといえば、嘘になるでしょう。ただ、俊夫がこの少女を殺していく過程で、考えていた事は、「着付けが分からないオレは、この子の浴衣を肌蹴させてしまったら、もう着せる事はできないだろうなぁ~」と言う事くらいでした。
当たり前のように、小さなボンナイフで、少女の体を解体していく過程で、不意に少女の膣・子宮をとり出だす事に成功しました。昔、保険の教科書で眺めた事のある形と全く同じでした。その瞬間、無意識にその取り出した膣の部分に、自分のペニスをあてがってしまったのです。
そうして、俊夫の心持は不思議と氷解していきました。
水の中に居る、触れる事も出来ない、何だか分からないものに初めて、本当に触れる事が出来た瞬間。感動と快感に身を委ねていました。
気が付いたときには、日があけていました。
朝焼けを見ながら、夕焼けの美しさのことを考えながら、その日、結局、人間の心臓が、取り出してから暫く動いているのかを知る事は出来ないままになってしまった事を悔やみました。しかし、何だか晴れ渡る表情でもあったのです。
それからの時間、何度も、人間の生命について調べようと試みましたが、いつもいつも、結果は同じです。
気が付けば、さらに7年の年月が流れていました。
その日も、いつもと同じように、15~17歳の少女を手にかけました。いつもと同じ流れではありましたが、その日、ひとつだけ違った事は、それを、あるひとりの女性に見られてしまったことでした。
俊夫がその時に考えたのは、「今日は、2人か」と言うことだけでしたが、その女性の反応は実に、俊夫にとって興味深いものでした。
ただ、「キレイ」とだけ呟いて、腑分けする俊夫の横に座り込んでしまったのです。その目は、まるで、お花畑を信じる少女が、道端に凛と咲いた一輪の小さな、それで居て美しい花を眺めるかのようでした。